2013年3月30日土曜日

白黒写真の面白さ

目で見た情報が脳を経由してシャッターボタンを押す指先に達するまでに、約1/30秒かかるといわれています。この1/30秒先が読めなければ、動きの激しいスポーツ写真は、少なくとも自分の見た瞬間と同じには撮れません。機会があったら、一度、あなたの身近な人のゴルフスイングのインパクトの瞬間を撮ってみてください。クラブヘッドとボールが密着している写真が撮れれば満点、画面にインパクト後のボールが写っていれば九十点はあげられます。おそらく、ほとんどの人は打ち終わったあとの姿しか撮れていないはずです。決定的瞬間は1/30秒前だったのです。

プロ野球選手は、百五十キロ近いスピードで投げられたボールをバットの芯に当て、はじき返します。ピッチャーは相手を打たせまいと球速を変えたり変化球を投げたりしますが、よいバッターになると、三回に一回はヒットにします。打者は、ボールがマウンドからバッターボックスまでのわずか十八・四四メートルを飛んでくる間に、打つか打たないかの判断をし、好球と見ればバットを振るわけですが、好調のときの打者は、そんなとき、よくボールが止まって見えるという表現をします。目にも止まらぬ速球が止まって見えるというのは、ボールがブレもボケもせずに見えているということでしょう。こうした選手は、間違いなく1/30秒先を予測する能力と、瞬時に焦点移動ができる視力を持ち合わせているのです。

アメリカ大リーグで、唯一人、シーズンを通して打率四割を達成したテッドーウイリアムズは、回っている七十八回転レコードの上の文字が読めたといいます。日本の誇る四割打者イチロー選手も、もしかしたら「置きピン」というワザを使っているのかもしれませんね。一流のスポーツ選手、特に野球やテニス、サッカーのような目まぐるしく動くボールを追う選手や、スピードスケート、スキー、FIレーサーのような速さを競う選手たちは、一様にきれいな澄んだ目をしています。カメラでいえば、レンズの口径が大きく、しかも明るく、解像力抜群で、ピント合わせの性能も優れている、とでもいいましょうか。

もちろん、写真を楽しむのにプロ野球選手並の視力は必要はありませんが、スポーツ写真にかぎらずスナップ写真やポートレートを撮るときも、次の瞬間を先読みする習慣を身につけておくと対応が楽になります。白黒フィルムを現像するかつて、写真は「光と影の芸術」といわれた時代がありました。「光と其諧調」と名づけられた大正時代の写真芸術の理論から派生した言葉です。当時の写真を見ると、人物、風景を問わず画像の中に黒い影が大きくあって、とても寂しく暗い感じを受けます。

別にその頃が、いまより特に暗かったわけではありません。当時はフィルムの感度が鈍かったこともあり、撮影する前にしなければならない儀式、たとえばアングルを選び、構図を決め、ピントを合わせ、適正な露出を算出するといったことに、より時間がかかりました。そのため、動きの速いものを撮るのは無理なので、光と影の変化の美しさを、白と黒の階調の中で追求しようとしたのではないか、と筆者は想像しているのですが、どうでしょう。