抵抗力が低下すれば、日和見感染症が生じる。この意味では、やはり常在微生物も外患に含まれるべきであろう。内憂の原因となる生物としては悪性腫瘍が挙げられると思う。悪性腫瘍細胞はもともとその人の身体を構成している細胞から出てきたものなので、ほかの人の臓器と同じような拒絶反応を受けないが、排除反応がまったく生じないわけではない。問題となる悪性腫瘍は、そのような排除反応を振り切って現われてきたものであろう。
悪性腫瘍細胞は、自分にとっての環境である患者の身体を失えば滅亡するにもかかわらず、普通はその増殖によって患者を殺してしまう。この意味では、悪性腫瘍細胞は環境あっての生物という原理を持っていないことになる。伝染病の考え方からすれば、このような悪性腫瘍細胞はほかの個体へ伝染できなければ滅亡するはずである。しかし、それは一向になくならない。悪性腫瘍細胞は、テンペレートーファージがファージ粒子を作るようなものだろうか。するとプロファージに相当する遺伝子は、生殖細胞を通じて代々、伝えられていることになるだろうか。そう考えれば、悪性腫瘍細胞は常在微生物と似ているところがあるように思える。
2015年3月11日水曜日
2015年2月11日水曜日
深まる孤立感
独力でテポドンを打ち上げ、日米両国を震捕させた北朝鮮は、戦後の東西対立の中で、朝鮮半島を横断する北緯三十八度線を境にして、一九四八年に韓国に続いて建国された国家である。
両者の政治体制は、北朝鮮が社会主義体制、韓国が資本主義体制のため、双方が全朝鮮半島を自国の版図とする唯一の正統国家だと宣言、これまで厳しい対立を続けてきた。
五〇年六月に勃発した朝鮮戦争は、米国と国連が韓国を助け、中国と旧ソ連が北朝鮮を支援する形で、東西両陣営に分かれて戦われたのち、五三年七月に停戦が成立した。以後、四十七年間停戦協定は平和条約に高められることなく、戦争の一時停止状態が今もなお続いている。
この朝鮮戦争で、中国は北朝鮮に加勢したため、中朝関係は「血潮をもって結ばれた同盟」のはずだった。ところが九二年八月、中国は突然、北朝鮮が敵視する韓国と国交を樹立した。
旧ソ連と韓国の国交樹立は九〇年九月で、中国より一足先だった。冷戦終結にともなう旧ソ連・東欧圏崩壊後、唯一の後ろ楯だった中国のこの外交政策の大転換は、北朝鮮に大きな衝撃を与え、孤立化が一段と際立つ事態を迎えた。
朝鮮半島の分断国家の「クロス承認」のバランスを考えるなら、朝鮮戦争を敵味方に分かれて戦った者同士の中韓国交の樹立は、当然のことながら、米朝国交樹立の同時達成が現実化されないと、公平を欠くことになる。それが後回しになったどころか、いつ実現するのかめどすら立たない厳しい状況・・・。北朝鮮にとってそれは、体制の存続にかかわる重大問題となった。
北朝鮮にニラミをきかす在韓米軍は、三万四千人。米国との関係改善を図るか、体制存続の保証を米国から取り付けるか、選択は二つに一つしかない。北朝鮮はいち早く七四年三月に、「米国議会に送る書簡」を発表して以降、米国に対して一貫して、平和協定の締結を提案し、直接交渉を求めてきた。
しかし、米国は北朝鮮を「テロ国家」と断じ、この要求をずっと無視し続けてきた。北朝鮮にとっては切歯掘腕の思いだったが、米国を直接交渉の場に引きずり出すだけの力がなかった。そうした背景から出てきたのが、ほかならぬ「北朝鮮の核疑惑」であった。
両者の政治体制は、北朝鮮が社会主義体制、韓国が資本主義体制のため、双方が全朝鮮半島を自国の版図とする唯一の正統国家だと宣言、これまで厳しい対立を続けてきた。
五〇年六月に勃発した朝鮮戦争は、米国と国連が韓国を助け、中国と旧ソ連が北朝鮮を支援する形で、東西両陣営に分かれて戦われたのち、五三年七月に停戦が成立した。以後、四十七年間停戦協定は平和条約に高められることなく、戦争の一時停止状態が今もなお続いている。
この朝鮮戦争で、中国は北朝鮮に加勢したため、中朝関係は「血潮をもって結ばれた同盟」のはずだった。ところが九二年八月、中国は突然、北朝鮮が敵視する韓国と国交を樹立した。
旧ソ連と韓国の国交樹立は九〇年九月で、中国より一足先だった。冷戦終結にともなう旧ソ連・東欧圏崩壊後、唯一の後ろ楯だった中国のこの外交政策の大転換は、北朝鮮に大きな衝撃を与え、孤立化が一段と際立つ事態を迎えた。
朝鮮半島の分断国家の「クロス承認」のバランスを考えるなら、朝鮮戦争を敵味方に分かれて戦った者同士の中韓国交の樹立は、当然のことながら、米朝国交樹立の同時達成が現実化されないと、公平を欠くことになる。それが後回しになったどころか、いつ実現するのかめどすら立たない厳しい状況・・・。北朝鮮にとってそれは、体制の存続にかかわる重大問題となった。
北朝鮮にニラミをきかす在韓米軍は、三万四千人。米国との関係改善を図るか、体制存続の保証を米国から取り付けるか、選択は二つに一つしかない。北朝鮮はいち早く七四年三月に、「米国議会に送る書簡」を発表して以降、米国に対して一貫して、平和協定の締結を提案し、直接交渉を求めてきた。
しかし、米国は北朝鮮を「テロ国家」と断じ、この要求をずっと無視し続けてきた。北朝鮮にとっては切歯掘腕の思いだったが、米国を直接交渉の場に引きずり出すだけの力がなかった。そうした背景から出てきたのが、ほかならぬ「北朝鮮の核疑惑」であった。
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